ひーぶろぐ。

読書していたときに心に触れた言葉を残しています。

ひょっぽこ独学ノート ー抜粋8箇所

f:id:ReincarnationLove:20220311124928p:plain

 

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

   独学ノート

 

 

・『七匹の太った牛と

  七匹の痩せた牛』

→ある時、

 エジプトの

 ファラオは

 夢を見た。

 ナイル川のほとりから

 まるまる

 太った

 体格のいい

 屈強な牛が

 現れた。

 その牛たちは

 ナイルに

 生えている

 植物を

 食べていた。

 ところが、

 ファラオが

 立ち去ろうとすると、

 七匹の

 太った

 牛の

 後から、

 同じく

 七匹の

 ガリガリ

 痩せこけて

 あばら骨が見える

 いかにも

 不健康そうな

 牛たちが

 現れて、

 なんと

 その

 太った牛たちを

 食べてしまったのである。

 ファラオは、

 この夢が

 どういう

 お告げなのかと

 国中の

 予言者を

 集めて

 聞いたが、

 誰もわからない。

 たまたま

 その時

 牢屋に

 閉じ込められていた

 一人の

 ヘブライ人が

 夢を

 よく当てる

 というので、

 ファラオの前に

 召し出された。

 このヘブライ人こそ、

 後に

 エジプト最高執政官になる

 ジョゼフである。

 ジョゼフは、

 時代の流れを

 正確に

 読み解いた

 人類史上

 最初の

 経済学者

 とも言われている。

 ジョゼフは、

 ファラオに向かって、

 夢の解釈を

 このように

 告げた。

「エジプトは

 これから

 七年間

 大豊作が

 訪れます。

 その間は

 豊作に次ぐ

 豊作で、

 驚くほどの

 大量の穀物がとれ、

 大豊作になるでしょう。

 しかし、

 その後の

 七年間は

 大飢饉が

 訪れます。

 何の作物も

 育たず

 一粒の小麦も

 取れないほどの

 大飢饉です。

 人々が

 大豊作のことを

 思い出したくても

 思い出せないほどの

 恐ろしい

 大飢饉が

 七年間

 続きます」

 ファラオは、

 ジョゼフを

 最高責任者に

 任命して

 七年間の

 大飢饉に備える

 対策を

 講じさせた。

 ファラオが、

「どんな対策を

 考えているのか」

 と聞くと、

 ジョゼフは

「豊作の

 七年間の間に

 毎年の収穫を

 食べ尽くして

 しまわずに、

 可能なかぎり

 貯蔵しなさい」

 と進言した。

 ファラオは、

 その通りにし、

 穀物

 可能なかぎり

 倹約して

 貯蔵した。

 豊作の

 七年が過ぎ、

 八年目に

 予言通りに

 大凶作が

 訪れた。

 その大飢饉は

 エジプト全土を

 覆い尽くすのみならず、

 全世界にまで及び、

 七年もの間

 人びとを

 苦しめた。

 そして

 多くの

 周辺諸国

 大飢饉により

 その富の

 すべてを

 失ったが、

 ジョゼフの進言を

 取り入れた

 ファラオのエジプトだけは、

 蓄えていた穀物

 長き受難を

 乗り越えられたのである。

→豊かさの次には

 必ず

 大貧困が

 襲ってくる。

 しかし

 貧困の次に

 豊かさが

 来るとは

 限らない。

→良いことの次には

 必ず

 非常に悪いことが

 起こる。

 抜け出せるのは

 しっかり

 準備、対策した人だけ。

 

 

・資金調達が

 容易な環境にあるため、

 相対的に

 お金の価値

 そのものが

 下がり続けています。

 逆に、

 増やすことが

 難しい、

 信頼や時間や個性のような

 お金で買えないものの

 価値が、

 相対的に

 上がってきている

 とも言えます。

 

 

・あらゆる

「価値」を

 最大化しておけば、

 その価値を

 いつでも

 お金に

 変換することが

 できますし、

 お金以上に

 ものと

 変換することも

 できるように

 なります。

 お金は

 価値を

 資本主義の中で

 使える形に

 変換したものに

 過ぎず、

 価値を

 媒介する

 ひとつの

 選択肢に

 過ぎません。

 

 

・なぜ

 多くの人が

 評価経済

 信用経済に対して

 違和感を

 抱くのかというと、

 今

 話題になっている

 大半の仕組みが

「評価」や

「信用」ではなく、

「注目」や

「関心」に

 過ぎないから、

 ということが

 まず

 あげられます。

 

 

ソーシャルキャピタル

→個人が

 つながって

 できている

 社会が

 持続的に

 良い方向へ

 発展していくために

 必要な

「社会的ネットワーク」を

「資産」と捉える

 という

 考え方。

 

 

・ネットが

 十分に

 普及した

 世界では、

「どれが

 一番

 正しいのか?」

 という

 考え方ではなく、

「どれも

 正しい、

 人によって

 正解は

 違う」

 という

 考え方が、

 徐々に

 受け入れられても

 良いはずです。

 

 

・子どものころ、

 自分のテリトリーを

 一歩でも越えると、

 そこは

 どこも

「これはいったい?」

 という

 驚きに

 満ち溢れた

 場所に

 見えた。

 何でもない

 裏通りや、

 電柱の

 一本一本までが

 見慣れぬもののためか、

 何か

 ただならぬ

 魔力を秘めた

 妖しげなものに

 見えたんだ。

 

 

「そうだ、

 死にたくなったら、

 なるだけ

 マヌケなことを

 考えたら

 いいのだ。

 おサルとフロに入って、

 ノホホンとしている

 自分を考えれば、

 いつか

 そういう日もくるさ、

 ぐらいの

 軽い気持ちで

 自分と

 向かい合えば

 いいのだ。

『生きてあげようかな』

 より

 もっと軽く、

『生きてあげてもいいわよ』

 ぐらいの

 気持ちになれば

 いいのだ」