ひーぶろぐ。

読書していたときに心に触れた言葉を残しています。

ひょっぽこ読書記録No.75 『人生の名言・歴史の金言』廣池幹堂 育鵬社 ー抜粋17箇所

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『人生の名言・歴史の金言』

   廣池幹堂

    育鵬社

 

 

 

・『論語

「子、

 四つを絶つ、

 意なく、

 必なく、

 固なく、

 我なし」

→先生は

 四つのことを

 絶対に

 なさらなかった。

 つまり、

 私意をなくし、

 無理押しをせず、

 固執せず、

 我を張られなかった。

 

 

・『老子

「上善は水の若し。

 水は

 善く万物を利して

 而も争わず。

 衆人の悪む所に処る。

 故に道に幾し」

→最上の善とは

 水のようなものだ。

 水のよさは、

 あらゆる

 生物に

 恵みを施し、

 しかも

 それ自身は争わず、

 それでいて、

 すべての人が

 さげすむ場所に

 満足していることにある。

 このことが、

(水を)「道」に

 あれほど近いもの

 としている。

 

 

・以前

 私は

 ある人の体験談を

 本人から

 直接

 聞いて、

「これこそ

『上善は水の若し』

 といえる

 態度だ」

 と思い、

 とても

 感心したことが

 あります。

 その人は、

 十代の少年が

 運転していた

 バイクに

 はねられ、

 けがを

 してしまいました。

 病院に運ばれて

 入院していた間、

 少年の母親が

 毎日のように

 お詫びに

 訪れたそうです。

 ところが

 一緒にいた

 少年のほうは、

 あまり

 反省している

 様子ではありません。

 普通なら、

 少年の態度が

 悪いことに

 腹を立てて、

 険悪なムードになり、

 声を荒げたりすることも

 あるでしょう。

 けがをした人に

 いっさいの

 過失はなく、

 事故の責任は

 すべて

 少年の側に

 あったのですから、

 むしろ

 それが

 当然と

 考える人も

 いるはずです。

 ところが

 その人は、

 決して

 相手を

 責めるようなことを

 言いませんでした。

 むしろ

 相手を気遣い、

 最初から最後まで

 優しい態度で

 少年や母親と

 話し合ったそうです。

 私は、

「なぜ

 そんなふうに

 接することが

 できたのですか?」

 と尋ねました。

 すると

 その人は

 次のように

 答えてくれました。

「けがを

 させられたのですから、

 内心

 腹が立ったのは

 事実です。

 しかし

 そのとき

 私は、

 これを

 自己反省の

 材料にしよう

 と思いました。

 被害者だからといって、

 加害者に

 高圧的な態度を

 取ってしまうのは、

 人として

 良い

 あり方だとは

 思えません。

 そうした

 高慢な心を

 抱いてはいけないことに

 改めて

 気づいたのです。

 事故が

 自分の生き方を

 見つめ直す

 きっかけになった

 と思い、

 むしろ

 感謝の念すら

 湧いてきました」

 そうして

 謙虚な気持ちになり、

 自然体で

 加害者の少年と

 その母親と

 接しているうちに、

 お互いに

 打ち解けて

 とても

 良い関係を

 つくれたそうです。

 少年も、

 事故を

 起こしたことを

 心から

 反省してくれました。

 水のように

 柔らかい気持ちで、

 自己反省を

 忘れず、

 相手のためを

 思って

 接し、

 事故という

 難局を

 さらりと

 乗り越えた方の

 実話です。

 

 

山岡鉄舟

「晴れてよし

 曇りてもよし

 富士の山

 もとの姿は

 変らざりけり」

→晴れているときは

 綺麗に見える富士山も、

 曇っているときは

 姿を隠してしまう。

 しかし、

 天気がどうであろうと

 富士山そのものは

 変わることなく

 そびえている。

 自分の姿も、

 見る人の

 心持ち次第で

 いろいろな姿に

 見えているかも

 しれないが、

 それは

 富士山が

 晴れているときは

 見えて、

 曇っているときは

 見えないようなものだ。

 自分自身は

 何も変わっていないし、

 また

 富士山のように

 変わらず

 堂々と

 生きていかなければ

 ならない。

 

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・『論語

「子曰わく、

 位なきを患えず、

 立つ所以を患う。

 己れを知ること

 莫きを患えず、

 知らるべきを

 為さんことを

 求む」

→先生が言われた。

「地位が

 得られないことを

 気にかけず、

 それに

 ふさわしい

 実力のないことを

 気にしろ。

 自分を認める

 人がいないのを

 気にかけず、

 人に認められる

 実績をつくるよう

 努力しろ」

 

 

・とんちで有名な

 一休さんに、

 ある人が

「おめでたい言葉を

 書いてください」

 とお願いしました。

 すると

 一休さん

 筆をとり、

「親死ぬ、

 子死ぬ、

 孫死ぬ」

 と書いたそうです。

 頼んだ人は

 怒ってしまいましたが、

 実は

 この言葉には

 大切な真理が

 込められていたのです。

 つまり、

 年齢の順に

 まず

 親が

 年老いて

 亡くなり、

 次に

 その子どもが

 年老いて

 亡くなり、

 さらに

 その子どもである

 孫が

 年老いて

 亡くなるのが、

 すべての

 家族にとって

 いちばん

 幸せだ

 という

 意味です。

 ですから、

 自分の親よりも

 少しでも

 長く生きられるように、

 健康に留意し、

 安全に

 心掛けることも、

 大事な

 親孝行と

 言えるのでは

 ないでしょうか。

 

 

「慈悲寛大自己反省」

 人は

 慈悲の心を

 持つべきであり、

 寛大な心で

 人と接するべきであり、

 折々に

 自己反省も

 しなければ

 いけない。

 

 

・『孟子

「自ら反(かえり)みて

 縮(なお)ければ、

 千万人と雖も

 吾往かん」

→自分は

 あくまでも

 正しいと

 思うときは、

 たとえ

 相手が

 千万人あろうとも、

 断じて

 あとへは

 一歩も退かぬ。

→弟子の

 公孫丑と

 勇気について

 語っていたときの

 言葉ですが、

 たとえ

 時代に

 受け入れられなくても、

 最後まで

 自らの信念を

 貫いた

 孟子

 強い気持ちが、

 この言葉に

 込められているようです。

 

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小野田寛郎

「みんな

 人に

 優しい人に

 なってほしいので、

 私は

 自分を

 強くして

 おかなければ、

 本当の

 “優しさ”は

 身に付かないよ、

 と機会あるごとに

 話しています。

→小野田さんの

 弁を借りれば、

 助けてあげたい

 と思うだけで

 人を助けることは

 できません。

 思うだけなら

 野次馬と

 同じです。

 例えば

 寒さに

 震えている人を

 助けるためには、

 自分の上着

 その人に

 貸してあげても

 耐えられる

 たくましさが

 必要です。

 つまり

「強さ」

 という

 根拠・裏付けがあるから、

 人は

 人の役に立ち、

 人のために

 行動できるのです。

 

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・『論語

「子曰わく、

 学びて

 思わざれば

 則ち罔(くら)く、

 思いて

 学ばざれば

 則ち殆(うたが)う」

→先生が言われた。

「ものを

 習っているだけで

 自分で

 考えてみないと、

 まとまりが

 つかない。

 考えているだけで

 ものを習わないと

 疑いが

 出てくる」

 

 

・『荀子

→君子曰わく、

 学は以て已むべからず。

 青は

 これを藍より取りて

 而も藍より青く

 氷は

 水これを為りて

 而も水より寒(つめ)たし。

→学問は

 中途で

 やめては

 ならない

 と君子は

 言っている。

 青色は

 藍草から取るが

 藍草よりも青く、

 氷は、

 水からできるが

 水よりも

 冷たい。

→本来は、

 勉学に励み、

 諦めずに

 継続することで、

(藍よりも

 青い染料が

 できたり、

 水よりも

 冷たい氷が

 できたりするように)

 人は

 より高いレベルに

 到達できる

 という

 趣旨で

 書かれた

 文章のようです。

 

 

・『言志四録』

「少にして学べば、

 則ち壮にして為すこと有り

 壮にして学べば、

 則ち老いて衰えず

 老いて学べば、

 則ち死して朽ちず」

→幼い頃から

 勉強を重ねれば、

 壮年期には

 一角の人物となり、

 有意義な

 仕事ができる、

 また

 壮年期に

 しっかりと

 勉強すれば、

 年老いてからも

 頭脳や精神は

 衰えることがない、

 年老いても

 なお

 学び続ければ、

 亡くなったあとも

 業績は残り、

 次の世代に

 引き継がれていく。

 

 

昭憲皇太后

「みがかずば

 玉も鏡も

 何かせむ

 まなびの道も

 かくこそ

 ありけれ」

→磨かなければ、

 宝石も鏡も

 何とも

 なりはしない。

 勉強も

 また

 そういうものである、

 といった

 意味になるでしょうか。

 磨くことによって

 宝石や鏡が

 美しく

 光り始めるように、

 女子も

 勉強して

 教養を

 身につけることで、

 より輝く

 存在になれるのだ

 という

 思いが

 込められているようです。

 そのころの

 女子教育は、

 よき家庭人となるための

 教育が

 重視される面も

 ありましたが、

 とにもかくにも

 女子が

 教育を受けること自体、

 当時としては

 大きな進歩だった

 といえます。

 こうした

 昭憲皇太后

 取り組みが、

 日本の女子の

 教養や地位の

 向上に

 つながっていったのは、

 間違いないと

 いえるでしょう。

 

 

千利休

「稽古とは

 一より習ひ

 十を知り

 十より

 かへる

 もとの

 その一」

→どんな習い事でも、

 スポーツでも、

 勉強でも、

 仕事でも、

 稽古をする際には

 初歩の初歩から習い、

 順番に

 高度な

 技術や知識を

 学んでいくはずです。

 そして

 一から十まで

 習ったのち、

 また

 最初の一に戻って

 稽古することが

 大切だと

 利休は言っています。

 

 

出光佐三

「黄金(お金)の

 奴隷になるな」

 という

 言葉を

 大事にしていました。

 お金の奴隷に

 なった人間は、

 たとえ

 他人や社会に

 迷惑をかけようとも、

 自分さえ

 儲かればいい

 と考えるものです。

 それで

 一時的に

 儲けられたとしても、

 そのような

 商売は

 決して

 長続きしないでしょう。

 佐三は

 決して

 お金の奴隷にならず、

 侍の魂を忘れることなく、

 素晴らしく

 事業を成功させ、

「家族」である

 従業員から

 愛され続けたのです。

 

 

二宮尊徳

「大事をなさんと欲せば、

 小さなることを怠らず

 勤むべし。

 小積りて大となればなり」

→大きなことを

 やりたい

 と思うなら、

 小さなことを

 怠らずに

 勤めていかなければ

 ならない。

 小さなことの

 積み重ねによって

 大きなことが

 できるのだから。

 

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ゲーテ

「立法者にしろ

 革命家にしろ、

 平等と自由を

 同時に

 約束するのは、

 夢想家でなければ

 詐欺師だ」