ひーぶろぐ。

読書していたときに心に触れた言葉を残しています。

ひょっぽこ読書記録No.134 『すべてがFになる』森博嗣 ー切り抜き9か所

 

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すべてがFになる

   森博嗣

 

 

 

「貴女は

 誰ですか?」

 萌絵は

 突然湧いてきた疑問を

 素直に口にした。

「ああ……、

 これは

 驚きました。

 貴女は、

 本当に

 素晴らしい頭脳を

 持っていますね」

 女は、

 そう言うと、

 目を少し見開いて、

 しばらく黙った。

「それが、

 人間の思考の

 切れ味というものなの。

 貴女、

 今、

 急にそれを

 思いついたでしょう?

 素晴らしいわ……。

 それが

 機械にはできません。

 私が誰かなんて質問、

 人工知能には、

 思いつきませんものね。

 でも、

 貴女は

 私に会って

 話をして、

 たった数十秒で

 自分の構築していた

 真賀田四季像とのギャップを

 直感して、

 その質問を

 無意識に

 口にしたのです。

 そのアクセスの

 素早さが、

 機械には

 真似ができません。

 大切なことなんですよ。

 私は、

 真賀田四季です。

 貴女が

 不審に思うような、

 他の人格では

 ありません」

 

 

「物質的なアクセスは

 なくなりますか?」

 萌絵は、

 真賀田女史の話の

 後半を無視して

 質問する。

「そうね、

 おそらく、

 宝石のように

 贅沢品になるでしょうね。

 他人と

 実際に

 握手をすることでさえ、

 特別なことに

 なるでしょう。

 人と人が

 触れあうような

 機会は、

 贅沢品です。

 エネルギー的な問題から、

 きっと、

 そうならざるを

 得ないのよ。

 人類の将来に

 残されている

 エネルギーは

 非常に

 限られていますからね。

 人間も

 電子の世界に

 入らざるを

 得ません。

 地球環境を

 守りたいのなら、

 人は

 移動すべきでは

 ありません。

 私のように

 部屋に

 閉じ籠るべきですね。

 何故、

 貴女は

 犀川先生の話を

 したがらないのかしら?

 恥ずかしがっているのですか?」

 

 

「なるほど、

 君のほうが

 インタビュー

 されたようだね。

 たぶん、

 やっと

 他人のことに

 興味が持てるくらい、

 博士は

 頭が悪くなったのさ、

 きっと……」

 

 

「星が

 たくさん

 見える。

 こんな綺麗な空を

 見ないで

 十五年も

 生きているなんて、

 信じられないね」

 どうも、

 まだ会ったことのない

 真賀田四季という

 人物のことが、

 頭から離れなかったのだろう。

 犀川は、

 自分の発言に

 ちょっと

 驚いた。

「真賀田博士だけじゃないですものね。

 研究所の人は

 みんな

 そうみたい。

 きっと、

 今頃も

 ディスプレイと

 にらめっこしているんだわ」

 萌絵も

 空を見た。

「でも、

 そういう生き方も

 綺麗かもしれないね」

 犀川は言った。

「自然を見て

 美しいなと

 思うこと自体が、

 不自然なんだよね。

 汚れた生活をしている

 証拠だ。

 窓のないところで、

 自然を遮断して

 生きていけるというのは、

 それだけ、

 自分の中に

 美しいものがある

 ということだろう?

 つまらない仕事や

 汚れた生活を

 しているから、

 自然、自然って

 ご褒美みたいなものが

 欲しくなるのさ」

「こんなアウトドアライフも、

 いつか

 バーチャルリアリティになって、

 部屋の中で

 楽しむように

 なるんですね」

 萌絵が言った。

「普通の人は

 抵抗があるでしょうけど……」

「そんな

 見せかけの自然なんか

 って思う奴が

 ほとんどだろうね」

 犀川

 また

 煙草に火をつけた。

「でも、

 だいたい

 自然なんて

 見せかけなんだからね。

 コンピュータで

 作られたものは

 必ず

 受け入れられるよ。

 それは、

 まやかしだけど……。

 本物なんて、

 そもそもないことに

 気づくべきなんだ、

 人間は……。

 人間性の喪失とか、

 いろいろな

 着飾った言葉で

 避難されているけどね、

 すべて

 ナンセンスだね。

 人間が作った道具の中で、

 コンピュータが

 最も人間的だし、

 自然に近い」

 

 

「ペンチが発明された時、

 ペンチなんて使うのは

 人間的じゃないって

 強情を張った奴が

 いただろうね。

 そんな道具を使うのは

 堕落した証拠だって。

 火を使い始めた時だって、

 それを否定した種族が

 いただろう。

 けれど、

 我々は、

 そもそも

 道具を使う生物なんだ。

 戻ることは

 できない。

 こういうことに対して、

 寂しいとか、

 虚しい、

 なんて言葉を使って

 非難する連中こそ、

 人間性

 見失っている」

「でも、

 核エネルギーなんかは

 問題じゃないですか?」

 萌絵は

 膝を抱えて

 言う。

「少し

 エネルギーが

 大きすぎる

 という問題は

 確かにある」

 犀川は言った。

「しかし、

 火だって

 同じくらい

 危険だし、

 環境を汚染する。

 水力発電だって、

 風力発電だって、

 太陽電池だって、

 すべて

 環境を破壊するよ。

 人間が生きていることが

 クリーンでは

 あり得ないよ。

 我々は本来

 環境破壊生物なんだからね。

 何万年も前に、

 我々は

 自然を破壊する

 能力によって

 選ばれた種族なんだ。

 ただ、

 速度の問題なんだよ。

 環境を

 早く破壊しないためには、

 エネルギーを

 節約するしかない。

 それには……、

 すべてに、

 コンピュータを導入して

 エネルギーを制御することだ。

 それに対する

 人間性確保の要求には、

 バーチャルリアリティ

 技術しかない。

 まやかしこそ、

 人間性の追求なんだよ。

 全員が

 自分の家から

 一歩も出ないようにすることさ、

 ものを移動させないこと……」

 

 

「西之園君。

 デリカシーという言葉を

 知っている?」

 犀川

 萌絵に言った。

「珍味のことでしょう?」

 萌絵は答えた。

 こういった状況での

 彼女の

 頭の回転速度は

 驚異的である。

 

 

・人生のやり直しが

 できない、

 と思ったことは

 一度もない。

 それは、

 まだ

 自分が

 大人になりきっていない

 証拠のようにも

 思えた。

 

 

「私は、

 先生と近くで

 お話しているほうが

 楽しいわ」

「何故?」

 犀川

 すぐきいた。

 彼は

 メールを半分ほど

 読んだところだった。

「それは、

 君の習慣が、

 そういう感情を

 君に

 与えているからだろうね。

 生まれながらにして、

 電子空間で

 コミュニケーションを

 していれば、

 そうは

 感じないだろう。

 きっとね……。

 それに、

 今に、

 電子空間で

 手も握れるようになる。

 肉体的な感触の

 レスポンスが欲しい

 というのは、

 人間の

 贅沢な欲求だが、

 多少の

 エネルギーの無駄遣いで

 解決する。

 やはり、

 小事な問題だ」

「私は

 そうは思いません」

「それは、

 君の意見だ。

 僕は

 自分の意見を

 押し付ける気はないよ」

 犀川

 振り向いて

 笑った。

「君の意見のほうが

 今は

 メジャーだということも

 認めるよ。

 ほとんどの人間は、

 自分の

 生きてきた時代を

 遡って、

 過去の

 歴史的な習慣にも

 縛られるものだ。

 それを

 非難するつもりはない。

 人間ほど

 歴史を

 後生大事にする

 生物はいない……」

 

 

「日本では、

 一緒に遊ぶ時、

 混ぜてくれって

 言いますよね」

 犀川は突然

 話し出した。

「混ぜるっていう

 動詞は、

 英語では

 ミックスです。

 これは

 もともと

 液体を一緒にする時の

 言葉です。

 外国、

 特に欧米では、

 人間は、

 仲間に入れてほしい時、

 ジョインするんです。

 混ざるんじゃなくて、

 つながるだけ……。

 つまり、

 日本は、

 液体の社会で、

 外国は

 個体の社会なんですよ、

 日本人って、

 個人がリキッドなんです。

 流動的で、

 渾然一体となりたい

 という欲求を

 社会本能的に

 持っている。

 欧米では、

 個人はソリッドだから、

 決して混ざりません。

 どんなに集まっても、

 必ず

 パーッとして

 独立している……。

 ちょうど、

 土壁の日本建築と、

 煉瓦の西洋建築のようです」

 

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