ひーぶろぐ。

読書していたときに心に触れた言葉を残しています。

ひょっぽこ読書記録No.107 『学・経・年・不問』城山三郎 文春文庫 ー抜粋14箇所

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『学・経・年・不問』

   城山三郎

     文春文庫

 

 

 

・性格は

 一見

 対照的だが、

 二人は

 気が合った。

 のろは

 のろ足なりに、

 勇みは

 勇み足なりに、

 人生に

 夢中になるところがある。

 自分の人生だけを

 見つめる。

 自分のペースこそ、

 人生の時間だと思う。

 人一倍のんびり、

 あるいは

 人一倍性急で居て、

 普通の人間以上に

 自分たちをまともだと

 考えている。

 もちろん、

 二人は

 変人ではない。

 少々

 純粋

 というだけの

 ことだ。

 

 

・考えてみれば、

 世の中の

 人間は

 程度の差こそあれ、

 のろ足・勇み足の

 二種に

 大別されるのではないか。

 お尻を叩かねば

 ならぬ人間と、

 ブレーキをかけねば

 ならぬ人間。

 ぴたり中庸

 といった

 人間は、

 居る筈もなく、

 また

 お目にかかりたくもない。

 

 

「潰れるとは、

 困ったな」

「え?」

「いや、

 君は

 先を

 よく読む。

 君の見通しは、

 よく当たるから」

「冗談じゃない。

 いや、

 冗談だよ。

 ……とにかく、

 もう

 キャディの真似は

 止めてくれ」

「気に入っているのになあ」

「俺だけじゃない。

 君の女房が見たら、

 どう思う。

 あ、

 そうか、

 君は

 まだ……」

「そう、

 相変わらず

 独身だ」

「ゆっくりしているな」

「どうせ、

 決まっているんだから」

「決まっている?

 どんな女だ」

「知らぬな」

「……」

「決まっている

 というのは、

 俺の相手となるべき

 女性が、

 現に

 今

 この地球上の

 どこかに

 間違いなく

 一人

 実在している

 ということだよ。

 30以上年下の女を

 もらわぬ限りはね」

「まだ、

 そんなことを

 言ってる」

「事実だから

 仕方がない。

 ちっとも、

 慌てる

 必要はない。

 そのときまで、

 まだ見ぬ

 彼女をして

 自由な日々を

 楽しめよ

 ということだけさ」

 伊地岡は、

 呆れて、

 首を振り続けた。

 のろ足のやつは、

 少しも

 変わっていない。

 あの女をひっかけたの、

 この女と同棲したのと、

 そんなことまで

 競争し合う

 雰囲気の中で、

 彼ひとりは

 童話のような女を

 楽しんできた。

 

 

「大変だ」

 と言うなり

 飛び出して

 行ったが、

 いったい、

 この世で

 大変なこととは

 何だろう。

 人生は永い。

 人間は多い。

 地球は広い。

 色々なことが

 起こるのは

 当然だ。

 それを

 いちいち

 大変がっていては。

 明日

 いきなり

 56歳になれば、

 少しは

 大変かも

 しれないが。

 

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・伊地岡は

 焦った。

 焦っても

 どうにもなるもの

 ではない

 という声を

 聞きながら、

 焦らずに居られぬのが

 伊地岡の性分であった。

<どうにもなるものでない>

 そうだ、

 そんな言葉を

 伊地岡は

 軽蔑する。

 伊地岡が

 ともかく

 ここまで

 来れたのは、

<どうにもならぬ>など

 という言葉に

 ついぞ

 耳を貸すことなく、

 ただ

 焦りに焦ってきたからだ。

 学歴も

 財産も

 コネも

 技能も、

 すべて

 無い無い尽くしとあっては、

 素手・丸腰で

 戦場に立つようなもの。

 そこで

 生きるためには、

 先制以外にない。

 焦らねばならぬ。

 急がねばならぬ。

 急いでへまをしても、

 まだ取り戻しの時間はあるが、

 遅れてへまをやったのでは、

 立ち直る暇もない。

 

 

・かつての伊地岡は、

 田舎の高校を出ると、

 風呂敷包ひとつ持って、

 東京へ飛び出てきた。

 就職難のころで、

 いつ来るとも

 わからぬ

 求人を

 じりじりして

 待つのに

 耐えられなかったからだが、

 果たして

 東京にも、

 これという

 働き口はなかった。

 家出同然に

 飛び出てきた

 ということが、

 いっそう

 悪かった。

 新聞広告では、

 要保証人という

 一項に

 たいてい

 引っ掛かる。

<成績証明書・履歴書送付>

 などというのも、

 伊地岡の立場では

 難しい。

<面談即決>

 という

 戸口を叩く他はない。

 それも、

 他人より早く。

 上野駅

 ベンチで寝ると、

 伊地岡は

 朝早くから

 地図を頼りに

 出かけた。

 ろくな仕事はない。

 もちろん

 一流会社もない。

 それでも、

 彼は

 構わなかった。

 一流会社に入って、

 永久に

 何千という

 人間の下に

 圧し潰されていようとは、

 ついぞ

 思わない。

<ろくな仕事>と

<ろくでもない仕事>の区別も、

 伊地岡には

 どうでも良いことだ。

 そうした区別に、

 どれだけの

 意味があるのか。

 第一、

 総理大臣の仕事だって、

 ろくでもない人間が

 やっているではないか。

 むしろ、

 ろくでもない仕事を

 やり抜く

 ろくな人間に

 なればいい。

 仕事は何でもいい。

 グランド・キャバレー

 というところへ

 行った。

 示された面談時間より

 一時間も早く

 行って、

 たっぷり

 二時間

 待たされ、

 その上で、

「身許保証人が無いから」

 と断られた。

 広告には

<要保証人>とは

 なかったはずだ

 と思ったが、

 未練はなかった。

 駄目なところで

 愚図つくより、

 すぐ次を

 探したほうが良い。

 伊地岡は、

 頭ひとつ下げると、

 さっさと

 大股に

 裏口へ出かかった。

 背後で

 声がした。

「君、

 気の毒したな。

 別の口を

 紹介してやろう」

 それが、

 彼の社会への

 第一歩であった。

 急いだから、

 良かったのだ。

 急ぐに追いつく

 貧乏はない。

 

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<そのときになって

 みなければ>

 というのが、

<やってみなければ>

 というのと

 並んで、

 野呂の口癖であるからだ。

 小役付たちは、

 それを

 野呂の

 想像力の

 貧困のせいにしている。

 だが、

 野呂にしてみれば

 彼らこそ、

 想像力が

 過剰なのだ。

 慌てて煩うのは無駄。

 本当のことは、

 そのときに

 なってみなければ

 わからない。

 大変なら、

 そのときになって、

 たっぷり、

 大変さを

 味わえば良い。

 焦ることはない。

 小役付たちは、

 また眉を曇らせ、

 ひそひそ

 話を始める。

 明日にも

 人生が

 終焉しそうな表情である。

 そうした表情を

 見ている中、

 野呂は

 思わず呟いた。

「本当に、

 大変なのかな」

「何を?」

 野呂は黙った。

 ひょっとして、

 彼らは

 大変なことを

 楽しんでいるのかも

 しれぬと思った。

 そういう人種がいる。

 伊地岡も

 その一人だ。

「大変だ!」

 と叫んで

 ゴルフ場から

 飛び出していったが、

 あのとき

 伊地岡は、

 一番

 生々した顔をしていた。

 伊地岡の顔は、

 ゴルフ場で

 ごろごろしている

 顔ではない。

 さっさと

 風を巻いて

 飛び出していく顔である。

 大変なことがなければ、

 冴えない顔だ。

 それに比べれば、

 俺の顔は……。

 野呂には、

 依然として、

 大変だという

 実感が湧かない。

 クビになることが、

 それほど

 大変なのだろうか。

 会社が潰れることが、

 そんなに

 一大事なのか。

 会社など、

 古来、

 いや、

 近代に入ってから

 無数に潰れているではないか。

 潰れるところが

 あるから、

 興るところもある。

 潰れるのは、

 会社だけではない。

 都市も消えたし、

 国家でさえ、

 どれだけ多く

 潰れてきたことか。

 その数も、

 無数であろう。

 いや、

 国が潰れるだけでなく、

 大陸が沈んでしまうことだって

 あったではないか。

 野呂は、

 ふざけ半分でなく、

 真面目に

 そんな風に

 考える。

 妻子があったところで、

 その考え方は

 変わるまいと思う。

 悟りを開いたのではない。

 超然主義というほどの

 ものでもない。

 肩を張らずに、

 ただ

 そんな風に考えている。

 

 

・野呂久作は、

 落ち着いていた。

 慌てたところで、

 何も始まらない。

 サラリーマンで良いのは、

 のんびり出来る

 ということだけではないか。

 のんびり出来ないのは、

 まず

 人間関係の煩わしさ

 というやつのためだが、

 幸い、

 野呂には

 それがない。

 ただ

 一人の上司である

 老監査役は、

 事件以来、

 ほとんど

 会社に

 顔を出さなくなっている。

 たまたま、

 彼が

 そうした環境にいる

 というのではない。

 彼だから、

 その環境を

 手に入れられた

 ともいえる。

 人一倍

 のんびりしている

 彼に、

 周りは、

 手に負えないものを

 感じる。

 尻を叩くのにも、

 くたびれてしまう。

 どうぞ、

 御自由にと、

 放り出す。

 周りが

 気を遣わずに済む

 職場から職場へ。

 そうした

 遍歴の末、

 ほぼ

 ひとりぼっちの

 今の職場に来た。

 人は

 その性格に合った

 事件にしか

 出会わないというが、

 彼の現在は、

 彼の性格が

 勝ち得たような

 ものである。

 事件以後も、

 野呂の生活は

 変わらない。

 いっそう

 身辺が

 閑散になった

 というだけのことである。

 朝10時になると、

 彼は

 隣のビルの

 地階にある

 喫茶店へ出かける。

 コーヒーと、

 朝食代わりの

 トースト。

 そして、

 葉巻をくゆらせて、

 30分を過ごす。

 彼には

 葉巻が

 よく似合う、

 と

 彼は思っている。

 2本、3本と、

 つけては消し、

 つけては消す

 紙巻煙草は、

 発火演習と消防演習を

 繰り返しているようで、

 気ぜわしくていけない。

 薄暗がりの中での

 ひとりぼっちの時間。

 以前には、

 それでも

 彼を誘う

 仲間や取引先も

 あったが、

 事件後は

 落ち着いて

 コーヒーなど

 飲んでいられない

 というのか、

 さっぱりである。

 それでも、

 彼は出かける。

 さぼるとか、

 遊ぶとかいう

 意識はない。

 その30分の間、

 彼は

 彼なりに

 考える。

 平社員は

 走り廻ってさえ

 居れば良い

 というのではない。

 平社員にだって、

 会社のために

 考えることは

 いくらでもある。

 葉巻をくゆらせて

 瞑想する時間を

 持つことも、

 会社への

 貢献ではないのか。

 それにしても、

 午前の瞑想30分、

 昼休み1時間を引くと、

 1日の実働は

 6時間強である。

 学生なみである。

 学生は

 授業料を

 払っているのに、

 こちらは

 月給をもらう。

 自習時間の多い

 学校ではあるが、

 何かを掴み

 何かを学ぶ

 という点に

 かけては、

 たいして

 変わりはない。

 人事の

 いやらしさを

 見る

 ということでも、

 勉強になる。

 

 

「のろまな亀だって、

 休まず歩けば、

 千里を行く。

 千里を

 千万と

 置きかえれば、

 これは

 まるで

 君のための

 お誂えの

 ことわざだ。

 サラリーマンじゃ、

 とても、

 そんな風には

 行かん。

 道は

 680里も

 行かぬ中に、

 56歳で

 がちゃん

 ということになる」

 

 

・甘い物を食う

 という

 楽しみが、

 望月にとっては、

 時には

 相場を

 考えること以上に

 貴重なことなのかも

 しれない。

 金儲けは、

 所詮は

 何かの

 楽しみのためである。

 単に

 金儲けのための

 金儲けというのでは、

 それは

 怪物の生涯であり、

 もはや

 人生の名に

 値すまい。

 その意味では、

 甘い物のために

 捧げられる人生が

 あったところで、

 おかしくはない。

 ただ、

 伊地岡は

 味覚が発達していない。

 というより、

 味覚を無視した

 人生を

 送ってきた。

 彼にとっては、

 味覚など、

 あってもなくても、

 良いものであった。

 装飾品、

 贅沢品の

 部類である。

 短い人生における

 迷路である。

 舌は

 喋るためにある。

 喋ったり、

 味わったり

 という

 二重の労働を

 強いては、

 舌の回転のためにも

 ならない。

 胃袋さえ

 あればいい。

 空腹を教える

 ランプが点滅し、

 さっと

 カロリーを注ぎこむ。

 それで

 要は足りる。

 

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・その夜、

 床の中で

 伊地岡は、

 自分と望月老人の

 生活を

 思い比べた。

 二人とも

 勇み足で、

 人生を走っている。

 そのことには

 変わりはないが、

 望月が

 甘い物の間を

 走り回っているのに、

 伊地岡は

 甘さのない世界ばかり

 走っている。

 小学生向きに言えば、

 望月が

「よく学び、

 よく遊ぶ」

 であるのに、

 伊地岡は

「よく学び、

 よく学ぶ」

 でしかない。

 仕事だけが

 人生であり、

 そうした人生こそ

 甘美だと

 言えば言えるのだが、

 伊地岡は

 そこまで

 悟りを開く

 年齢でもない。

 正直なところ、

 仕事は甘くない。

 甘い物は、

 仕事とは

 別にある。

 酒とか女とか、

 言ってしまえば

 味気がないが、

 何かしら

 甘い物が

 人生は

 いっぱい

 あるはずである。

 それら

 すべての

 甘い物を、

 心ならずも

 素通りして

 走りまくっている感じなのだ。

<こんなに

 素通りしてしまって、

 いつか、

 大変

 後悔することは

 ないだろうか>

 そんな気もする。

 望月は

 豊かに走っている。

 随所に

 主となっている。

 遊ぶために

 走っている。

 それなのに、

 伊地岡は

 貧寒として

 走っている。

 走るために

 走っている。

 走ることの

 奴隷になっている。

<セールスマンは、

 自分の

 運命と時間の

 主人公である>

 アメリカの

 トップ・セールスマンの

 セリフで、

 伊地岡の

 好きな文句である。

 伊地岡も、

 それを

 信じている。

 そのセリフを

 口ずさむたびに、

<セールスマンわれ、

 生けるしるしあり>

 と、感じる。

 にもかかわらず、

 なおかつ

 伊地岡は、

 自分が

 人生の主人公という

 自覚が

 持てない。

 忙しさこそ

 主人公という

 気がする。

 自らの走り方を

<貧寒>

 と感じる

 所以なのだ。

 

 

「セールスマンの話題には、

 ふさわしいものと、

 そうでないものとがある。

 それを区別しておかないと、

 失敗する」

「……」

「ふさわしい話題は、

 キドニタテカケセジだ。

 覚えておきたまえ」

「何だって」

「キは季節の話題、

 ドは道楽、

 ニはニュース、

 ただし

 政治と宗教関係は

 禁物。

 タは旅の話。

 テは天候、

 カは賭け、

 ケは健康、

 セはセックス、

 そして

 シは趣味だ。

 合わせて、

 キドニタテカケセジ」

 

 

「おい!」

 続きのように

 望月老人の声がした。

 眼を開けると、

 白い天井が見え、

 ついで、

 望月、

 四号、

 敏子、

 野呂などの

 顔が、

 両側から

 覆いかぶさった。

「どうした!」

 叫んだつもりが、

 声にならなかった。

 伊地岡が

 その声を

 かけられていた。

 手も掴まれている。

「気がついたの、

 あなた」

 敏子が、

 泣き笑いの顔で

 言った。

「お馬鹿さんね、

 あなたったら」

 伊地岡は、

 ようやく

 突進していって

 転倒したことを

 思い出した。

 頭でも

 打ったのか。

 手を伸ばそうとしたが、

 自由がきかない。

 敏子に

 押さえられていた。

「じっとして。

 軽い脳震盪ですって」

 その横から、

 望月老人が

 辛抱しきれなくなったように

 言った。

「いったい、

 君は

 どうして、

 あんな風に……」

 とたんに、

 伊地岡は

 声を上げた。

「ベッドを!

 お願いします」

「ベッド?

 ベッドは

 君におくったじゃないか」

「気に入って

 頂けましたかしら、

 奥さん」

 四号婦人も

 口を添えた。

 敏子は、

 愛想よく

 頭を下げ、

 取り繕った。

「ええ、

 ありがとうございました。

 おかげで

 助かっております」

「子供さんには

 少しどうかと

 思ったのですけど、

 大は小を兼ねる

 と申すものですから。

 当分、

 あなた方が

 お使いになっても

 いいですものね」

 敏子は

 横にいる

 野呂が

 気が気でならなかった。

 口早に

 繰り返した。

「本当に

 どうも

 ありがとうございました」

 伊地岡が、

 また叫んだ。

「ベッドを!」

 一種、

 不気味な

 響きがあった。

 誰もが、

 思わず

 押し黙った。

「ベッドを買って……」

木口小平だよ、

 きみは」

 望月老人は、

 そう言い捨てると、

 くるり

 背を向け、

 病室から

 出ていった。

 

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・野呂は、

 まだ

 本から

 眼を放さない。

「また

 コーランかい」

「あれは、

 夜の読書だ。

 今は、

 セールスの本を

 読んでいる。

 この正月休みに

 8冊ぐらい

 読みたいと

 思ってね」

 欲が出てきたのかと、

 伊地岡は

 意外な気がした。

「そこまで

 セールスの

 勉強とは、

 大変だな」

「いや、

 楽しんでいるんだよ」

「……」

「この1年の経験から、

 著者たちの

 言っていることが

 正しいか

 正しくないか、

 楽しんで

 採点しているんだ」

「君は、

 何でも

 楽しいんだな」

 

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