ひょっぽこ読書記録No.84 『オズの魔法使い』ライマン・フランク・ボーム 新潮文庫 ー抜粋14箇所
『オズの魔法使い』
河野万里子訳
・太陽と風は、
若く綺麗だった
エムおばさんまで
変えてしまった。
お嫁に来た時には
輝いていた
おばさんの瞳も、
バラ色だった
頬や唇も、
すっかり
色褪せ、
今の、
にこりともしない
痩せぎすの
おばさんが
できあがった。
おかげで、
両親のいなかった
ドロシーが
この家に
住むようになると、
おばさんは、
ドロシーが
明るい声で笑うたびに
びっくりして、
悲鳴をあげては
手で
胸を押さえていた。
今でも
おばさんは、
ドロシーが
笑うと
目を丸くする。
何が
そんなに
面白いのか、
ちっとも
わからないからだ。
・ヘンリーおじさんも
笑わない。
朝から晩まで
黙々と働き、
何かを楽しむ
ということがない。
めったに
口を開かず、
いつも
重々しい
厳しい顔つきで、
長いひげから、
履き古したブーツまで、
やはり
みんな
灰色だ。
「おや、とんでもない。
魔女は
このオズの国全体で
四人だけですし、
そのうち
北と南の魔女は
いい魔女なのです。
なにしろ
本人の
この
わたくしが
申し上げているのですから、
まちがいは
ありません」
「やあ、
こんちは」
しゃがれた声で、
かかしが言った。
「あなた、
しゃべれるの?」
ドロシーは
目を丸くした。
「もちろんさ」
かかしは
こたえた。
「ごきげん
いかが?」
「とてもいいわ、
ありがとう」
ドロシーは
礼儀正しく
こたえた。
「あなたは
いかが?」
「あんまり
よくないな」
かかしは
そう言いながらも
にっこりした。
「カラスを
追っぱらうのに、
昼も夜も
ここに
突っ立ってるなんて、
ほんとに
退屈で」
「そうだな」
かかしも言った。
そして
こう
打ち明けた。
「おれは
べつに、
この
手足や体に
わらが詰まってるのは
かまやしない。
けがをしないし
痛くないし、
足を踏まれても
針で刺されても、
感じないから
なんともない。
でも、
みんなに
『ばか』
って言われるのだけは、
いやなんだ。
それなのに、
みんなみたいな
脳みそのかわりに
わらしかないんじゃ、
どうやって
賢くなれば
いいんだよ?」
「ああ、
平気だよ」
かかしは言った。
「わらを噛まれたって、
痛くもないさ。
あんたの
そのバスケット、
持ってやろう。
おれは
疲れるってことも
ないからね。
でも
じつは、
ないしょだけど」
かかしは
歩きながら
言った。
「おれにも
この世の中で
ひとつだけ、
こわいものがある」
「なあに?」
ドロシーは聞いた。
「あなたを作った
お百姓さん?」
「いいや」
かかしは
こたえた。
「火のついたマッチだよ」
それから
二、三時間も
歩くと、
道は
しだいに
でこぼこに
なってきて、
とても
歩きにくくなった。
かかしは、
くぼんだり
突き出たりしている
黄色いレンガに、
しょっちゅう
つまずいた。
レンガが
割れたり
なくなったりして、
穴があいているところも
あった。
そんなとき、
トトは
そこを
飛びこえ、
ドロシーは
よけて
通るのだが、
脳みそのない
かかしは
そのまま
歩いていって、
穴に
足をとられて
ころび、
固いレンガの道に
ばったり
倒れてしまう。
さいわい
けがをすることは
ないのだが、
そのたびに
ドロシーが
助け起こして
立たせてやる。
すると
かかしは、
自分の失敗を
明るく
笑いとばしながら、
また歩きだす。
「おれには
わからないな。
どうして
あんたが、
この
きれいな国を
離れて、
その
カンザスとかいう
乾燥した
灰色の場所に
戻りたがるのか」
「それは
あなたに
脳みそがないからよ」
ドロシーは言った。
「血と肉でできた
わたしたち
人間は、
そこが
どれほど
退屈で
灰色でも、
自分の故郷で
暮らしたいものなの。
ほかの
どんなに
美しい場所よりもね。
わが家に
まさるところは
ないのよ」
かかしは
ため息をついた。
「おれに
わからないはずだな。
あんたたちの頭も、
もし
おれみたいに
わらが詰まってたら、
みんながみんな
美しい場所に
住みたがって、
カンザスには
誰も
いなくなっちまうだろうよ。
あんたたちに
脳みそがあるのは、
カンザスにとっては
よかったってわけだ」
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『こいつなら、
カラスを
うまく
追っぱらって
くれるだろうな』
お百姓は言った。
『ちゃんと
人に見えるじゃないか』
『まったくだ、
一人前の
人間だよ』
もうひとりも
言った。
おれも
そのとおりだと
思った。
それから
お百姓は
おれを
かかえて
トウモロコシ畑に行き、
長い棒で
おれを立たせた。
あんたが
見つけてくれた
あの場所だよ。
でも
ふたりは
すぐに
行っちまって、
おれは
ひとりぼっちになった。
おれは
そんなふうに
取り残されるのは、
いやだった。
それで
ふたりを
追いかけようとした。
でも
おれの足は
宙に浮いたままだったし、
おれは
その棒のところに
いなくちゃ
ならなかったわけだ。
孤独だったよ。
世の中に
出てきたばかりで、
俺には
思い出
というやつさえ
なかった。
畑には
カラスや
いろんな鳥たちが
飛んできたが、
みんな
おれを見ると、
マンチキンがいる
と思って
逃げていった。
これは
ちょっと
うれしかったね。
自分は
大事な役目を
はたしているんだって
感じたよ。
だが
そのうち、
年寄りのカラスが
飛んできて、
おれを
用心深く
眺めると、
肩にとまって
こう言ったんだ。
『あの
お百姓は、
こんな
いいかげんなもので
わしを
だませると
思ったのか。
ちょっと
賢いカラスなら、
おまえさんが
わらで
できていることぐらい、
すぐ
わかる』
それから
やつは
おれの足もとに
飛びおりて、
トウモロコシを
たらふく
食った。
ほかの鳥たちも、
おれが
やつに
なにもしないのを
見て、
トウモロコシを
食いに
集まってきた。
おかげで
おれは、
じきに
鳥の群れに
囲まれちまった。
・俺は悲しかった。
これじゃあ
結局、
おれは
そんなに
りっぱな
かかしじゃないってこと
じゃないか。
でも
年寄りのカラスは、
おれを
なぐさめてくれた。
こんなふうに
言ってさ。
『おまえさんにも、
もし
その頭のなかに
脳みそさえあれば、
連中と
同じような
人間に
なれるんだ。
いや、
ある者たちよりは、
よほど
りっぱな
人間に
なれるだろう。
この世の中で、
脳みそほど
持つべきものは
ないぞ。
カラスにとっても、
人間にとっても』
「なるほど」
ブリキの
きこりは
言った。
「でも
べつに、
脳みそが
この世で
いちばん
すばらしいものでも
ないでしょうに」
「あなたには
脳みそがある?」
かかしは
聞いた。
「いえ、
ぼくの
頭のなかは
からっぽです」
きこりは
こたえた。
「でも
昔は、
脳みそもあったし
心もあった。
両方
使ってみた結果、
どちらかというと、
心のほうを
取り戻したいな」
「でも
おれは
やっぱり」
かかしが
口を開いた。
「心よりも
脳みそをくださいって
たのむよ。
もし
心をもらっても、
ばかだったら、
それを
どうやって
使えばいいか
わからないもんな」
「ぼくは
心です」
ブリキの
きこりが
言った。
「脳みそは
人を
しあわせにするわけでは
ないから、
そして
しあわせこそ、
この世で
最高のものですよ」
「大歓迎よ」
ドロシーが
こたえた。
「あなたが
いてくれたら、
ほかの獣たちが
寄ってこないわ。
あなたが
吠えるだけで
簡単に
逃げていくんだから、
ほかの獣たちのほうが
よっぽど
臆病だと
わたしは思うけど」
「ほんとだな」
ライオンは
言った。
「でも
だからって、
わしが
勇敢になれるわけでは
ないし、
自分で
自分を
臆病だと
思ってるかぎり、
わしは
不幸だ」
「歩きときは
足もとに
気をつけなきゃ
いけないって、
思い知ったよ」
きこりは
言った。
「また
虫を
踏んだら、
やっぱり
泣いてしまうだろうし、
泣くと
あごが
錆びて、
しゃべれなくなるわけだし」
実際
彼は
その後、
道を
よく見ながら
とても
慎重に
歩くようになり、
たとえ
小さな
蟻一匹でも、
いっしょうけんめい
進んでいくのを
見ると、
傷つけることのないように
またいだ。
ブリキのきこりは
自分に
心がないことを
よく
自覚していたので、
誰に対しても
なにに対しても、
ぜったいに
無神経に
接したり
つらく
あたったり
しないように
気を
くばっていたのだ。
「きみたちには
心があるから、
どんなふうに
行動したらいいかも
わかるし、
まちがったことも
しないでしょう。
でも
ぼくには、
心がない。
だから
気をつけなくちゃ
ならないんです。
オズに
心を
もらえば、
こんなに
気をつける
必要は、
もちろん
なくなるでしょうけど」